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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)13652号 判決 1985年8月30日

原告 日和信用組合

右代表者代表理事 小山幸次郎

右訴訟代理人弁護士 池田純一

同 池田淳

同 石田寅雄

被告 春日二郎

右訴訟代理人弁護士 笠井正己

補助参加人 大村和夫

右訴訟代理人弁護士 小川休衛

同 木村英一

同 塩谷睦夫

主文

1  被告は原告に対し金一億円及びこれに対する昭和五六年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、中小企業等協同組合法に基づく信用協同組合であり、組合員に対する資金の貸付等の事業を行うものである。被告は、昭和四五年五月一五日原告の専務理事に就任し、同四六年五年一四日理事長となり、昭和五五年五月一〇日退任するまで原告の役員であったものである。

2  原告は、被告が在職中の昭和四八年一二月頃から同五四年九月までの間、いわゆる遠州グループ、すなわち丸亜建設株式会社、遠州建設株式会社及び遠州観光株式会社(以下丸亜建設、遠州建設、遠州観光という。)に対し、別表のとおり合計二五口総額金四億七六〇三万円の貸出及び債務保証をしたが、債務者らが倒産したため、総額金三億四二七七万二三四五円が回収不能となった。債務者らが差入れた担保物件は、換価処分が可能なものは既に処分して債務に充当し、現在残っている別紙未処分担保物件一覧表記載の物件の価格は総額金一八〇〇万円以下である。右二五口の貸付金は、被告が貸付先の返済能力及び担保物件の交換価値を十分に調査して貸付をすべきであるのにこれを怠り、正規の手続を無視して違法に貸付けた(いわゆるトップ貸)ことによるものであり、このため原告は回収不能の債権総額金三億四二七七万二三四五円又はこれから未処分担保物件の評価額金一八〇〇万円を控除した金三億二四七七万二三四五円の損害を蒙った。

3  被告は、昭和五二年から同五五年五月九日まで、別紙のとおり投機の目的で原告を契約当事者とする国債等の着地取引を続けて行い、その結果、差損合計金七〇五八万二八〇〇円の損害と、引取り資金の捻出に伴う損害金五〇七二万九〇〇〇円、以上合計金一億二一三一万一八〇〇円の損害を蒙った。着地取引は投機の目的による有価証券の取得であって法により禁止されている(中小企業等協同組合法一一二条)。

4  原告は、昭和五一年一〇月一日、高田馬場に新店舗を開設するためグランメール高田馬場の一、二階を訴外太洋株式会社から代金一億七八六八万円で買受けたが、その際被告は同人が関与する訴外株式会社光華に対し仲介手数料として金五三六万〇四〇〇円を支払った。右は訴外光華に仲介を依頼したことがないのに支払ったものであるから、原告に対し同額の損害を与えたものである。

5  以上のように被告はその任務を怠り原告に対し、合計金四億五一四四万四五四五円の損害を与えたから、原告は中小企業等協同組合法三八条の二に基づき被告に対し以上の損害の内金一億円及びこれに対する履行期後である昭和五六年一一月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち丸亜建設、遠州建設及び遠州観光に対し原告主張の貸出及び債務保証がなされたこと、未処分担保物件が存在することは認めるが、その余は争う。被告が関与しない貸付は丸亜建設につき昭和五四年五月一七日金一五〇〇万円、遠州建設につき昭和四八年一二月二七日金六〇〇〇万円(後日追認したものである。)、遠州観光につき昭和五四年一月三一日金二〇〇万円、同日金四〇〇万円であり、その余の貸付については所定の手続により十分な担保を徴し貸付けたものであり任務懈怠はない。

3  同3のうち原告主張のとおり着地取引を行ったことは認めるが、その余は争う。中小企業協同組合法一一二条による禁止は「組合事業の範囲外において」「投機取引のために組合の財産を処分」する行為であるが、協同組合による金融事業に関する法律四条によれば信用組合が余裕金を運用する行為は信用組合の金融事業であると同時に組合法上の事業でもあり、同条二号によれば、国債、地方債等による余裕金の運用が認められ、信用組合が取得できる有価証券を指定する告示等によれば北海道電力債等の取得による余裕金の運用が認められ、当時においては国債等の取引を着地取引で行っても違法ではないとされていたのであるから任務懈怠はない。

4  同4のうち原告が昭和五一年一〇月一日頃高田馬場に新店舗を開設するため「グランメール高田馬場」の一、二階を訴外太洋株式会社から代金一億七八六八万円で買受け、訴外株式会社光華に対し仲介手数料として金五三六万〇四〇〇円を支払ったことは認めるが、その余は争う。

三  抗弁

昭和五五年五月一二日の第三一回原告総代会において、原告から被告に対し退職慰労金を支給する旨の決定がなされた。

退職慰労金支給規定によれば、第五条により総代会の決定があれば第三条により当然に支給額が決まり被告は原告に対し金一二〇〇万円の退職慰労金請求権を有する。

原告は昭和五六年五月二九日の総代会において退職慰労金を支給しない旨の決定がなされたと主張するが、被告の同意のない限り右決定は被告に対し拘束力を及ぼすものではない。

よって被告は右退職金慰労請求債権と本訴請求債権とを対当額において予備的に相殺する。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。昭和五六年五月二九日開催の第三二回通常総代会において被告を含む旧役員に対してはその後の監督官庁の検査で多額の不良債権が指摘され、旧役員はその経営責任を負うべきであるとの指示により支給しない旨の決定がなされたから、被告は退職慰労金債権を有しない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実、同2のうち別紙債権一覧表の丸亜建設、遠州建設、遠州観光に対する各貸出年月日の貸出債権及び債務保証があること、未処分担保物件一覧表記載の担保物件が存在すること、同3のうち別紙着地取引一覧表記載の着地取引を行ったこと、同4のうち原告が昭和五一年一〇月一日頃高田馬場に新店舗を開設するため「グランメール高田馬場」の一、二階を訴外太洋株式会社から代金一億七八六八万円で買受け、訴外株式会社光華に対し仲介手数料として金五三六万〇四〇〇円を支払ったことはいずれも当事者間に争いがない。

二  原告は貸付が違法であると主張するので、まずこの点について判断する。

《証拠省略》に前記当事者間に争いのない事実を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  被告が理事長となって一年位後に、当時理事で本店長を兼任していた田中節を介して遠州建設の代表取締役であり、遠州観光の実質的な経営者であった中村政一を紹介されたが、同人は両会社の関連会社として横江慎一郎を代表取締役とする丸亜建設を設立した。

遠州建設の本店所在地は東京都文京区大塚三丁目三番三号、業種は建設請負及び分譲、資本金は一〇〇万円である。遠州観光の本店所在地は右遠州建設と同じであり、業種は不動産売買、資本金は八〇〇万円である。丸亜建設の本店所在地は東京都練馬区下石神井二丁目三三番三九号、業種は建設及び不動産業、資本金は一〇〇万円である。

2  原告の丸亜建設に対する貸付及び担保は次のとおりである。

(1)  昭和52・7・30 貸付金四〇〇〇万円

(2)  昭和53・9・7 同二二〇〇万円

(3)  昭和54・5・17 同一五〇〇万円

(4)  昭和54・6・4 同三二四〇万円

(5)  昭和54・6・4 同一二四五万円

(6)  昭和54・6・30 同一〇三〇万円

(1)の貸付時における貸付現在額は金五二七〇万円であり、右貸付金四〇〇〇万円を加えて預金額を控除した差引与信額は金八三九〇万円であった。次の不動産に極度額合計七〇〇〇万円の根抵当権を設定したが、右物件の評価額は著しく低額で実際には換価不可能であったが貸付が行われた。このため貸付金四〇〇〇万円は昭和五三年一一月三〇日別の土地の売却代金から金一四〇〇万円の弁済を受け、昭和五五年五月二一日定期預金九八九万〇九三八円と相殺したが、残金一六一〇万九〇六二円は未回収となった。

流山市東深井字東原八六五番の六九

山林 一六八平方メートル

同市美田六九番の五〇〇

宅地 九二・五九平方メートル

外三筆 合計二七七・七四平方メートル

(2)の貸付金二二〇〇万円によって与信額は金八一二一万四六九三円になり右不動産の担保力はないのに新たな担保は徴しなかった。このため全額が回収不能となった。

(3)の貸付金一五〇〇万円によって与信額合計は金九八一〇万六〇〇八円になるので、次の不動産に極度額金一億円の根抵当権を設定した。

会津若松市東山町大字湯川字大高森丙五七九番

山林 五一七七一平方メートル

千葉県匝瑳郡野栄町河辺字目郡七九九四番二四

雑地 一三二平方メートル

同所同番二六

雑地 一三二平方メートル

同所同番一六

雑地 一〇八平方メートル

しかし、右不動産の評価額は合計一億円に達するはずはなく、全額回収不能となった。

(4)、(5)の貸付金による与信額は九八五〇万七〇七〇円、(6)の貸付金による与信額は一億〇八八〇万七〇七〇円となったが、いずれも何らの担保を徴せずに貸出したもので、全額が回収不能となった。

3  原告の遠州建設に対する貸付及び担保は次のとおりである。

(1)  昭和48・12・27 貸付金六〇〇〇万円

(2)  昭和49・3・19 同一六〇〇万円

(3)  昭和49・3・30 同三〇〇〇万円

(4)  昭和52・8・31 同三〇〇〇万円

(5)  昭和53・5・2 同一七〇〇万円

(6)  昭和54・8・10 同二五〇〇万円

(7)  昭和54・9・10 同一八八〇万円

(8)  昭和54・9・21 同九〇〇万円

(1)の貸付時における預積金合計は金六七八〇万円であった。当時の現在貸付額三〇〇万円に右貸付金六〇〇〇万円を加えても預積金合計額の範囲であり、担保を徴しなかった。その後の貸付によって与信額が一億円を超えたため、残金一一四〇万円が回収不能となった。

(2)の貸付によって与信額は金二三五〇万円に達したため担保として次の不動産六筆に極度額金一六〇〇万円の共同根抵当権を設定した。

千葉県匝瑳郡野栄町川辺字目郡六一六一番の八

宅地 一三〇・三六平方メートル

同所 六一六一番の九

宅地 一三二・四二平方メートル

同所 六一六一番の一一

宅地 一三二・三六平方メートル

同所 六一六一番の一四

宅地 一一七・八五平方メートル

同所 六一六一番の一五

宅地 一五九・五〇平方メートル

同所 六一六一番の一六

宅地 一一九・五三平方メートル

ところが右貸付金の弁済をうけずに右六一六一番の一一、一五、一六の宅地を除いて根抵当権を解除し、残る担保の時価は低額のため全額回収不能となった。

(3)の貸付によって与信額合計は金五七〇〇万円に達し、次の不動産に極度額金六〇〇〇万円の根抵当権を設定したが、交換価値がなく全額回収不能である。

群馬県吾妻郡嬬恋村大字鎌原字大カイシコ一五二〇番

山林 七六八五平方メートル

(4)の貸付においては何らの担保を徴せず、全額が回収不能である。

(5)の貸付においては何らの担保を徴せず全額が回収不能である。

(6)は債務者が全国信用協同組合連合会から昭和五四年八月一〇日金二五〇〇万円を借入れた際、委託を受けて保証した。保証による求償額を含めると与信額は一億二八〇九万二二〇八円に達し、追加担保として次の不動産に極度額金六〇〇〇万円の根抵当権を設定した。

静岡県賀茂郡南伊豆町一条字八声一一一〇番一〇

原野 九九一七平方メートル

右土地は債務者が金二九八万円で競落して所有権を取得したものであるが、現在は右競落代金にも達しない。原告は昭和五五年四月一〇日、全国信用協同組合連合会に金二五一三万四一三九円を支払い、債務者の預金二二八〇万九八八五円と対当額で相殺したが、残金二三二万四二五四円は回収不能である。

(7)の貸付金は全額回収不能である。

(8)の貸付金は全額回収不能である。

4  原告の遠州観光に対する貸付及び担保は次のとおりである。

(1)  昭和49・9・30 貸付金一〇〇〇万円

(2)  昭和50・12・25 同一三〇〇万円

(3)  昭和51・8・31 同三〇〇〇万円

(4)  昭和51・11・30 同一五〇〇万円

(5)  昭和51・12・30 同二四〇〇万円

(6)  昭和52・2・26 同一五〇〇万円

(7)  昭和52・3・31 同二二〇〇万円

(8)  昭和52・9・29 同一一五〇万円

(9)  昭和53・5・2 同八五〇万円

(10)  昭和54・1・31 同四〇〇万円

(11)  昭和54・1・31 同二〇〇万円

(1)の貸付の際、次の不動産に極度額金二五〇〇万円の根抵当権を設定したが、換価不能である。

静岡県伊東市字宇佐見字西平三二三六番六七

山林 一六八平方メートル

その他一筆

昭和四九年三月四日債務者を遠州観光に変更した極度額金五〇〇〇万円の根抵当権を設定した次の不動産も換価困難である。板橋区東新町一丁目三番地三

家屋番号三番三の八・居宅

木造瓦亜鉛メッキ鋼板交葺二階建

一階 四八・六二平方メートル

二階 四〇・四四平方メートル

結局(1)の貸付金一〇〇〇万円については四〇〇万円を回収し、残金六〇〇万円は回収不能である。

(2)の貸付の際、次の不動産に極度額金二〇〇〇万円の根抵当権を設定したが、換価不能であり、全額回収不能である。

(3)は債務者が全国信用協同組合連合会から昭和五四年八月三一日金三〇〇〇万円を借入れた際、委託を受けて保証したものである。原告は昭和五五年四月一〇日全国信用協同組合連合会に金一七〇二万〇七九一円を支払い、債務者の預金一五九七万〇一一三円と対当額で相殺したが、残金一〇五万〇六七八円は回収不能である。保証の際、求償額のため追加担保を徴し、次の不動産に極度額合計金五〇〇〇万円の根抵当権を設定したが、換価不能である。

長崎県西彼杵郡西彼町大串郷字野内ノ平四〇六番一

原野 五〇一八平方メートル

他一筆

同町大串郷字甚吾山田四一三番二

山林 二一〇二平方メートル

(4)の貸付金については何ら担保を徴せず、金一四五九万一六一七円が回収不能である。

(5)の貸付金については残金二〇三四万六七三四円が回収不能である。

(6)の貸付金については何らの担保を徴せず、全額回収不能である。

(7)の貸付金については何ら担保を徴せず、全額回収不能である。

(8)の貸付金については何ら担保を徴せず、全額回収不能である。

(9)の貸付金については、次の不動産に極度額金五〇〇万円の根抵当権を設定したが、換価不能であり、全額回収不能である。

静岡県東伊豆町大川字石神栗畑八八四番二四

山林 一八〇平方メートル

(10)の貸付金は何ら担保を徴せず、全額回収不能である。

(11)の貸付金は何ら担保を徴せず、全額回収不能である。

5  以上の貸付のうち、被告は関与しない貸付として、丸亜建設につき昭和五四年五月一七日の金一五〇〇万円をあげ、被告の供述中にはこれに副う部分もあるが、《証拠省略》によれば前掲甲第八号証中に「千葉県」という被告の記載があるから理事長印がないとはいえ被告が関与したものと認められ、これに反する被告本人の供述は措信できない。

被告は遠州建設につき昭和四八年一二月二七日の金六〇〇〇万円の貸付は当時の本店長理事田中節が貸与したものを後日追認したものと主張し、《証拠省略》によれば「追認」の記載があり、被告本人尋問の結果によってもこれを認めることができ、他に被告が関与したことを認めるに足りる証拠はないから、右貸付当時は被告が関与しなかったものと認められる。

被告は遠州観光につき昭和五四年一月三一日の貸付には関与しなかったと主張し、《証拠省略》には理事長休の記載があり、被告本人尋問の結果によれば当時病気で休んでいたことが認められ、他に被告が右貸付に関与したことを認めるに足りる証拠はないから、右貸付には被告は関与しなかったものと認められる。

6  貸付係金子健二は元管理部に所属していたが、被告から命じられ遠州グループなどの大口債権、特殊債権についての貸付担当になった。被告が遠州グループの実質的代表者中村政一と面会し、同人から直接貸付の申込を受ける時に同席し、その場で被告が貸出を決定するのを目撃し、被告から禀議書の作成を命じられる時の用意に、話しの内容をメモし、《証拠省略》を作成したが、その内容は自身で調査し確認したものではなく、被告が指示した内容を記載したものである。金子はいわゆるトップ貸しによる貸出を理事長専決の貸出とし、他の正常な貸出と区別するため、営業店の貸付担当者欄にの印を押した。《証拠省略》の内容は田中節本店長が記入し、貸付課長欄に米山英三が押印したが、その記載内容の調査確認は全くしていない。《証拠省略》は金子が被告から命じられて作成したもので、内容について金子は調査していない。《証拠省略》は深野常務理事が記入したもので同人は貸出に関する調査はしないし、押印した金子も内容を確認していない。《証拠省略》の内容は本店審査部長田中栄吉が記入したものであるが、内容の調査はされていない。《証拠省略》は本店次長鳥居が被告に命じられて記入したもので、その際被告は貸付の事由及び意見欄の記入内容を指示した。貸付担当の山下や本店次長の鳥居は被告の指示と説明に従って記入し、自らは申込人との面接や調査を行っていない。《証拠省略》は貸付係広西が被告の指示を受けた橋本本店長の指示に従って記入し作成した。同人は内容について調査していない。《証拠省略》は被告の指示により担当者のメモに従い貸付課長塚本が記入して作成した。塚本は内容について調査していない。《証拠省略》は広西が被告の指示に従い作成した。内容の調査はしていない。《証拠省略》は金子が被告に命じられて作成した。内容の調査はしていない。被告は通常の禀議手続又は理事の口頭禀議により貸出を決定したと主張し、これに副う被告本人の供述があるが、前掲各証拠と対比しにわかに措信できない。

7  未処分担保物件一覧表記載の担保物件の評価額は合計金一八〇〇万円である。

以上認定の事実によれば、丸亜建設、遠州建設及び遠州観光に対する貸出は遠州グループの実質的代表者である中村政一らの申込に基づき、通常の禀議手続によらずに専ら被告の判断で貸出が決定され、その後に所定の貸出手続の形式を整えるという異常な手続でなされたものであり(いわゆるトップ貸。《証拠省略》によれば、「審査機能を無力化するトップの独断による情実貸出」としている。)、返済能力及び担保物件の調査不十分による貸出であることが認められるから、被告には任務懈怠があったものといわざるをえない。このため原告は合計金三億二五三七万二三四五円の回収不能債権があり、これから未処分担保物件評価額金一八〇〇万円を控除すれば原告が蒙った損害は金三億〇七三七万二三四五円となる。

三  次に着地取引について判断する。

《証拠省略》によれば以下の事実を認めることができる。

1  着地取引とは、現時点で将来の一定期日に一定の価格で債権を買入れる(売却する)ことを予め約束しておく取引である。通常、着地買い(狭義の着地取引)は、現在手持ち資金はないが先にいけば金ができることが明らかであり、かつ、将来金利が高くなるような場合、先物買いを行うことによって、決済日には市場価格よりも有利な条件で買い取ることを期待して行われる。しかし、契約の現時点で、先にいけば金ができるとか、将来金利が高くなるとか、決済日の市場価格により有利であるといったことは客観的に判断することは不可能であるから、思惑がはずれることも多い。決済日に契約金額より相場が安くなり、引取る資金がなく着地取引を続けて相場が上るのを期待するというのが着地取引の実態である。

2  全国信用協同組合連合会では、昭和五五年四月二四日「特性発揮と健全経営(系統利用と債券運用に関する考察)」と題する文書を作成して、各信用協同組合が支払準備資産を慎重に運用するよう指導したが、その中で特に着地取引の危険性を指摘した。

3  信用組合基本要綱(昭和五七年九月改正)は、有価証券の情実等による取得又は投機の目的をもった取得は行わないことをあげている。

4  昭和五六年六月五日付「信用事業を行う農業協同組合の有価証券運用の適正化について」(大蔵省銀行局長、農林水産省経済局長通達)及び同日付「信用事業を行う農業協同組合の有価証券運用に関する取扱いについて」(農林水産省経済局農業協同組合課長)は、「農協における有価証券の運用は、余裕金運用の一環として認められているところであるが、本来、安全、確実を旨として行うべきもの」とし、通達の施行時に「着地取引の契約を行っている場合」には「速やかにその是正計画を作成させ、その解消に努めるよう指導を行うこと」としている。

5  昭和五六年五月二〇日付朝日新聞(夕刊)には、「農協に『国債やけど』続出」の記事が掲載されている。

6  昭和五〇年一二月三日付大蔵省理財局長発の「国債の消化促進について」を承けて、全国信用組合中央協会会長宛事務連絡によれば「信用組合業界においても余裕金運用の一環として、積極的に国債の消化に協力を行うことが望ましい」とされ、国債等の取引をするについては日興証券株式会社等から「国債等の取引を着地取引で行っても違法ではない」旨の説明がなされていた。

7  証券会社等との取引において、契約に使用する代表者印及びゴム印は西村経理部長が保管し理事等が相談の上で契約締結をしていたが、右契約についても最初から国債を買って損をする懸念があったものではなく、日本経済の悪化によるものであった。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

中小企業協同組合法一一二条は、「組合の役員がいかなる名義をもってするを問わず、組合の事業の範囲外において、貸付をし、手形の割引をし、若しくは預金若しくは定期積金の受入をし、又は投機取引のために組合の財産を処分」することを禁止しているが、協同組合による金融事業に関する法律四条二号によれば「その業務上の余裕金を運用」して「国債、地方債又は大蔵大臣の定める有価証券の取得」が許されているところ、

以上認定事実によれば国債等の取引をするについて日興証券株式会社等から国債等の取引を着地取引で行っても違法ではない旨の説明がなされ、昭和五〇年一二月三日付の「国債の消化促進について」と題する大蔵省からの事務連絡がなされていたこと、証券会社等との具体的取引においては契約に使用する代表者印及びゴム印は西村経理部長が保管し理事等が相談の上で契約締結をしていたこと、右契約においては最初から国債を買って損をする懸念があったものではなく、日本経済の悪化によるものであったこと、国債等の着地取引が社会問題化し、監督行政庁がその是正を指導するに至ったのは昭和五六年五、六月頃であることを考慮すれば、本件着地取引については理事である被告がその任務を怠ったものと断定することは困難である。よって、その余の判断をするまでもなく、この点に関する原告の主張は理由がない。

四  前記当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば以下の事実を認めることができる。

1  株式会社光華は被告が吉沢専務理事に手続を命じて設立した会社であり、営業目的は不動産売買、仲介等であるが、登記簿上の本店所在地では営業しておらず、従業員は一人もなく、事務は被告に命じられた吉沢が主に行い、業務一切は被告が決定していた。代表取締役島村秀一は被告の女婿で、朝日新聞社に勤務している名目的代表者である。

2  原告は高田馬場支店を開設するため、昭和五一年一〇月一日太洋株式会社から店舗一階部分を代金一億〇九三八万円で購入し、同月九日二階部分を代金六九三〇万円で購入した。原告は同年一〇月九日、昭和五二年三月三一日、同年九月三〇日の三回にわたり、各金一七八万六八〇〇円宛合計金五三六万〇四〇〇円を仲介手数料名義で光華に支払い、右金員は光華の借入金利息として原告に入金された。

3  原告が光華に仲介を依頼し、仲介契約を締結した事実はなく、光華が仲介を行った形跡はない。

以上認定の事実によれば、被告は原告が光華に支払うべき仲介手数料はないのに、光華の原告に対する支払利息を捻出するため、違法に仲介手数料名義で金五三六万〇四〇〇円を支出したものであって、被告はその任務に背き原告に同額の損害を与えたものというべきである。

五  そこで、抗弁について検討する。

《証拠省略》を総合すれば以下の事実を認めることができる。

1  原告役員退職慰労金支給規定によれば、「役員退職慰労金の支給は理事会において内定し総代会において決定する」ものとされ、理事長に対する支給額は「一二〇万円×役員在任年数」とされている。

2  原告の昭和五五年五月一二日第三一回総代会において被告らに対し退職慰労金を支給する旨の決定がなされたが、昭和五六年五月二九日第三二回総代会において、被告を含む旧役員に対してはその後の監督官庁の検査で多額の不良債権が指摘され、旧役員はその経営責任を負うべきであるとの指示により、支給しない旨の理事会決定が承認可決された。

以上認定の事実によれば被告は原告に対し退職慰労金債権を有しないものというべきである。被告は一たん総代会において支給決定がなされた以上被告の同意がない限りその後不支給決定がなされたとしても被告に何らの拘束力を及ぼすものではないと主張するが、後日の総代会の決定が無効である等特段の事情の認められない本件においては、被告の同意の有無にかかわらず決定は有効であって拘束力があるといわなければならない。

よって被告の抗弁は理由がない。

六  以上によれば、被告は原告に対し中小企業等協同組合法三八条の二に基づき違法貸出による損害金三億〇七三七万二三四五円及び違法支出に係る損害金五三六万〇四〇〇円の合計金三億一二七三万二七四五円の内金一億円及びこれに対する履行期後である昭和五六年一一月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべく、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村重慶一)

〈以下省略〉

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